「Alexandros」が歌う「Come Closer」に登場する英語の意味

「Alexandros」が歌う「Come Closer」に登場する英語の意味について解説します。

"Come Closer"

曲名の "Come Closer" は「もっと近くにおいで」という意味です。

"Come closer to me"

もっとボクの近くにおいで」という意味です。

"closer" は "close" という形容詞の比較級です。 "close" は「閉める」という意味の動詞として有名ですが、「近い」という形容詞としての意味もあり、ここではその形容詞として "close" が使われています。
動詞の "close" と形容詞の "close" では発音が異なります。 動詞の "close"ではが「クローズ」と語末の発音が濁るのに対して、形容詞 の"close" では「クロース」と濁りません。

"close" が「近く」という意味なので、その比較級である "closer" は「もっと近く」という意味になります。 この歌詞では、何に比べて「もっと近く」なのかが明示されていませんから、「今あなたがいる場所よりも、もっとボクの近くに」という意味になります。

"So that I can see your eyes on me"

ボクを見つめる君の瞳が見えるように」という意味です。

"so that" は「~できるように」という意味です。 "so that" は文中で使われる表現なので、この "So that I can see your eyes on me" の部分は上述の "Come closer to me" とひと続きであると考えられます。

この2つの歌詞をくっつけると "Come closer to me so that I can see your eyes on me" となり、その意味は「ボクを見つめる君の瞳が見えるように、もっとボクの近くにおいで」となります。

英語の順番のままに「もっとボクの近くにおいで。 ボクを見つめる君の瞳が見えるように」と解釈しても日本語として問題ありません。 むしろ、こちらのほうがロマンティックな感じです。

"Craving to be free"

自由を切望して」という意味です。

"Craving" が「~ing」となっているのは現在分詞の用法の1つ付帯状況と呼ばれるもので、「~して、~しつつ」という意味になります。

この "Craving to be free" も上述の "Come closer to me so that I can see your eyes on me" とひと続きの歌詞であると考えられます。

「自由を切望して」というのが「ボクを見つめる君の瞳が見えるように、もっとボクの近くにおいで」のどの部分にかかっているのか文法的には判然としませんが、意味的に判断すると "your eyes" にかかっているようです。

そう考えると、上述の2つの歌詞と併せた "Come closer to me so that I can see your eyes on me craving to be free" の全体的な意味は「もっとボクの近くにおいで。 自由を切望してボクを見つめる君の瞳が見えるように」となります。

この解釈の難点は、「ボクを見つめる」に対応する英語 "your eyes on me" に動詞が含まれていないという点です。 「~して、~しつつ」という付帯状況を用いるには動詞が必要なのですが、この解釈ではその動詞が不在となります。

文法的に考えると、"Craving to be free" は "come closer" か "I can see" という動詞の部分にかかっているはずなのですが、「自由を切望してもっとボクの近くにおいで」や「自由を切望して君の瞳が見えるように」では意味が通りません。

あるいは「自由を切望して」という部分は「ボクを見つめる君の瞳が見えるように、もっとボクの近くにおいで」と無理にくっつけないほうが正しい解釈なのかもしれません。 その場合「もっとボクの近くにおいで。 ボクを見つめる君の瞳が見えるように。 自由を切望して」となり意味がよくわかりませんけれど。

"Get closer to me"

"Come closer to me" と同じ意味です。

"come closer" が "come(来る)+closer(もっと近く)" という組み合わせであるのに対して、"get closer" は "get(何かの状態になる)+(もっと近く)" という組み合わせです。

"I'm gonna leave you anyway"

どのみちボクは君と別れるつもりだ」という意味です。

"I'm gonna" は "I am going to" がなまった口語的な表現です。 "I am going to~" は「私は~するつもりだ」という意味です。

"leave" は「~を去る、出る、残す」という意味です。 "leave" には様々な意味がありますが、異性関係の話では「恋人と別れる、恋人を捨てる」という意味でも使われます。

"I stepped inside my heart to find a love for you"

ボクは君への愛を見つけるために自分の心に足を踏み入れた」という意味です。

"The deeper I go down, the more I lose the clue"

奥深くへと進むほどに、手がかりが失われた」という意味です。

「君への愛を見つけるために自らの心の中を探るたびに出たボクだったが、心の奥深くへ進むほどに、君への愛の手がかりが無くなっていった。 どうやらボクは君を愛していなかったらしい。 ゆえに、ボクは君と別れるつもりだ」ということなのでしょうか。

"I tried to reach you but I didn't know the way"

ボクは君のもとへと到達しようとしたが、その術(すべ)を知らなかった」という意味です。

"I think I'm losing emotions everday"

ボクの諸々の感情が日々失われてゆくように思うよ」という意味です。

"I stepped inside my heart to find the beats for you"

ボクは君のために鳴らす鼓動を見つけるために自分の心に足を踏み入れた」という意味です。

"To understand the rhythm I thought it'd be a clue"

そのリズムを理解するのが手がかりになるんじゃないかと思ったんだ」という意味です。

「そのリズム」というのは、前出の「鼓動」のリズムということでしょう。 「手がかり」とは「君への愛を見つけるための手がかり」という意味でしょう。

"To understand the rhythm I thought it'd be a clue" は "I thought it'd be a clue to understand the rhythm" が倒置された表現です。 したがって、"it'd(=it would)" の "it" は "to understand~" を本体とする形式主語です。

文法的にわかりやすく書き直すと、"I thought(that)to understand the rhythm would be a clue" となります。 "thought" の目的語が that 節で、その that 節を導く that は省略されています。 そして、that 節における主語が "to understand the rhythm"、動詞が "would be"、および補語が "a clue" です。

"I tried to touch you but my fingers were ice cold"

ボクは君に触れようとしたが、その指は氷のように冷たかった」という意味です。

"I think I'm losing me and that's what I was told"

ボクはボクを失いつつあるように思う。 ボクはそう伝えられた」という意味です。